日本人は、ヒトの持つ感情を表すために、古来より「喜怒哀楽」という言葉を用いて表現してきた。喜びの後に怒りがきて、哀しみの後に楽しみがくる。実に意味深く座りの良い四字熟語である。最初に喜びが来て、最後を楽しみで締め括る。なんとなく肯定的な人生訓のようでもある。しかし、世情を観てみると怒りや哀しみと云う負の感情から抜け出せずにもがき苦しんでいる人も多い。特に怒りや哀しみという感情は処理に困る。そのまま放っておくと、どんどんと増殖して行き、自分ではコトントロール出来なくなってしまう。そんな時にヒトの心に寄り添い、もつれた心の糸を解きほぐしてくれるのが音楽である。
このような事を取りとめもなく考えていたら、30代半ばに初めて講演会に招かれた時の事を思い出した。これは近隣の大きな警察署からの依頼で、「2時間隊員を笑わせてもらえるような音楽の話を!」ということであった。特に学問的な業績で招かれた訳では無く、夜勤あけの署員も参加するので、気楽に笑いながら聴ける講演をお願いしたいとのこと。人を笑わせることが如何に難しいことか、特に警察官を笑わせるなんてハードルの高い依頼を、学生がお世話になっているからの一言で、上司から引き受けさせられてしまった。
警察署というところは、普段の生活ではあまり縁の無い場所であり、子どもの頃は悪い事をすると刑務所に入れられる怖い場所というイメージが強く、出来れば行きたくない所でもあった。それに話のテーマをどうしたら良いのか悩んだ。そこでふっと頭に浮かんだのが、当時米国の音楽療法の現場で使われていた「同質の原理」というやり方であった。
この「同質の原理」というのは、アルト・シューラーが提唱した理論であり、その後アメリカのエドワード・ポドルスキーによって音楽療法の現場で活用するための具体的なメソードが開発された。簡単に説明すると、ヒトは自分と共通の要素を持つものに対して好感を抱くので、聴き手の気持ちに寄り添ってくれるようなクラシック音楽の楽曲をまとめ、聴かせる音楽を患者の気分や状態に同質化させることによって、感情のバランスを整え不快感を軽減させていく医療行為である。
当日、警察署に伺うと正面玄関の横に、4階建ての屋上から垂れ下がる白布に、大きな文字で「警察官と音楽 講師 谷口雄資」と書かれていて、度肝を抜かれてしまった。
自分の名前がこれほど大きく書かれた経験はない。そして会場に案内され入って行くと、大きな講堂に、腕まくりをして立膝で長椅子に座る、やんちゃな方々が前列に、その後方に折り目正しく座る、制服に身を包んだ大勢の警察官の姿があった。この圧倒されるような雰囲気に飲み込まれまいと、頭の中では呪文のように「行進曲」を歌い続け、自分を鼓舞しながら入って行ったことを覚えている。そして準備した筋書きに沿って、仕事に行きたくない時に目覚まし代わりに聴く楽曲について、グリーグ作曲の『ペールギュント組曲』の中から朝や、ベートーヴェンの交響曲第六番『田園』を聴いてもらいながら、話を進めて行った。最初はコチコチに固まっていた部屋の空気が徐々に和み始め、前列付近に座っておられた目付きの悪い方々にも、人懐っこい笑顔が拡がっていった。そして後日、再度講演に招かれ警察署から感謝状まで頂くことになった。やはり音楽の力は凄いものである。
音楽は、言語よりも歴史は古く、どの文化においても、またどの時代においても、ヒトは音楽を使ってコミュニケーションを図ってきた。言葉は便利なものであるが、ヒトの微妙な感情を全て言語化することは不可能である。したがって音楽という便利なツールを使って、ヒトの言語化出来ない複雑な感情や心理を伝達してきた。
さて「同質の原理」に話を戻すと、この原理の根幹にあるのは、音楽にもヒトと同じように「喜怒哀楽」という感情があるということであろう。
またこの同質の原理を利用する際には、音楽療法のためにプログラミングされた楽曲に委ねながら、心の平穏を求めていくという受動的態度と、自ら積極的に声を出して歌う、または楽器演奏などを通して、心を平穏な状態に保っていく能動的な方法が考えられる。
この能動的な方法を具体的に理解するために、日常会話において話し手が、どのように言葉の響きや音質を変化させながら、自分の感情を相手に伝えているのかを考えてみよう。
例えば、明るい情緒を表す言葉(嬉しい、楽しい、素晴らしい)は、個人差はあるが、上方に響かせた方が聴き手にその情感を伝えやすい。反対に暗い感情を表す(哀しい、苦しい、辛い)などは下方に響かせた方が、その情感が理解しやすくなる。そして怒りの表現は、相手に突き刺さるような直線的で固い響きを伴うことになる。それはまた相手から同種の直線的な傷つける言葉が返ってくるので、気を付けたいものである。
それでは哀しいという言葉で実際に声を出して練習してみましょう。「哀しい」という言葉を下方に何度も響かせることによって、その哀しみが自身の心に拡がってくることが分かります。それに連れて顔の表情も暗く変化し、身体から哀しいという身振り言語が生まれます。そして言語表現と身体的表現が統一され、哀しい情感が表現されることになります。反対に嬉しい気持ちを表す場合には、「嬉しい」という言葉を上方に響かせることによって、喜びが身体中に満ち溢れてきて、嬉しさを表現できるようになります。
また声の響かせ方を変え、「哀しい」を上方に、「嬉しい」を下方に響かせてみると脳が混乱してしまいます。この混乱を上手く利用して、哀しい時に声を響かす方向を徐々に下方から上方に変化させて行くと、哀しい気持ちが少しずつ和らいで来ることが実感できると思います。
このように言葉を響かせる方向や音質に変化を加えることによって、我々は感情表現を行っていることを体感されたと思います。いつも喜びに溢れた言葉を多く使われている方の周りには、自然と心穏やかな人々の笑顔の輪が拡がっていくことでしょう。まずは声の響きに気をつけながら、優しく楽しく皆さんと挨拶を交わすことから始めてみませんか?
谷口雄資(音楽教育)

