<音について語ろう>「音の響きと認知症」

西暦1980年代半ばから新世紀の幕開けを迎える時代は、バブル期を乗り越え世紀末思想に翻弄されながらも、心の片隅に新世紀を迎える喜びと希望に後押しされながら生きてきたような気がする。そして社会においても、未来志向型の研究活動を奨励するようになった。田舎から出てきて、根が楽天的で物事を深く考えない性格の人間にとっては、原稿料に目がくらみ、研究論文を書いてみようと思ったのは自然な成り行きだったのかもしれない。

その頃、研究テーマとして頭に浮かんだのは、当時もてはやされていた「メンタル・トレーニング」という言葉であった。これは指導に役立ちそうだと思い、研究してみたいと安易に飛びついてしまった。音楽におけるメンタルトレーニングでは、頭の中で音をイメージする作業が必要になる。そこで短絡的に音の無い世界とは、どういうものかを体験することから始めた。当時トーヨー紡績(株)が、無響室(無音室)の研究に着手されていて、既に音の無い世界を具現化されていたのを知った。早速連絡を取って見学をお願いしたところ、意外にも好意的に施設を拝見できることになった。

 後日、心の準備もせずに気楽な気持ちで無響室に入って行くと、まずその異様な内部に驚かされた。そしてその静けさが、これまで日常生活の中で体験した静けさとは、全く異質なものである事に気付いた。担当者の方から無響室は静かすぎて空間感覚がなくなるために、精神に異常をきたしますよと言われ驚いた。そして空間感覚を失くす要因は静けさと孤独ですよと教わった。それは30代半ばに、徘徊が始まった義父を介護施設に連れて行った時に体験した、静けさと酷似していた。
当時は、まだボケ老人と呼ばれ認知症という病名もなかった。介護施設では目が虚ろで表情も無く、ただ呆然と椅子に座っている大勢の老人の姿が、照明を落とした薄暗い部屋にあった。言葉では表現出来ない静かで異様な世界であった。自分の将来に恐怖を抱いた瞬間でもある。そして、この病気を予防する手段は無いものかと強く感じた!

音は響きを伴うことによって初めて音として存在する。この無響室での体験は、通常音楽に携わる者が持つ響きに対する概念とは、異なる視点から考えることの面白さを教えてくれた。響きは振動であり反響し増幅されることにより、音としての生命が芽生え認知される。
そして音の無い世界で、人が生きて行くことの難しさを知ることになった。
一般的に歌唱と楽器演奏という音楽活動は、脳の働きを活性化させることで知られている。数年前にNHKの実証番組で食堂のご夫妻を取り上げ、最近奥さんが注文を受けた品名を忘れるという相談に対応していた。詳細については覚えていないが、手を叩きながら記憶している歌を、毎日10分程度、数回唄うという設定であった。そこでは奥さんの記憶力に確かな進歩がみられた。歩きながら歌ったり、その他にも身体的な動作を加味し、二つ以上の動作を同時に行うことによる脳の活性化は、これまでの研究によって既に証明されている。
しかし、これらの実証実験で用いられた歌唱法は、通常の歌い方である。もっと認知症に効果的な歌唱方法があるのではないかと考えた。そのヒントが、昭和50年代にプリマドンナとして活躍されていた、オペラ歌手の東敦子さんとお話する機会の中にあった。それまでは何と気取った話し方をする人だろうと思い敬遠していたが、お話の中で、「普段から喉に負担を掛けたくないので、頭声発声を使って話しています」と伺い、プロ意識の高さに畏敬の念を抱いた。
『実践方法』
 誌面の都合上、結論からお話すると頭声発声とハンドサインという、二つの事柄を同時に行うことが認知症対策には、より効果が高いと思われる。
 「ハンドサイン」は、ハンガリーの作曲家であるコダーイが考案したものであり、手で音の高低を示しながら歌う方法である。ドレミファソラシドをそれぞれ手の形で表現するので、自分を音痴だと思い込んでいる人には、最適な矯正方法であり、音の高低をイメージする力ともなり得る。
「頭声発声」は、喉だけを使い声を出すのではなく、歌声を共鳴させる空間を口腔内に広くとり、母音の種類(アイウエオ)によって共鳴する口腔の場所を変化させることが大切になる。それはまた音の振動を最大限に生かす歌い方ともなる。歌い手は常に母音によって、何処に共鳴させて歌うかを考えなければならない。そして各母音によって使う顔の表情筋も変化してくるので、明るく豊かな表情を創ることが可能になる。歌うだけで美顔を手にいれる画期的な方法でもある。また脳に一番近い場所を振動させるので、脳をはつらつと保ち、幸せホルモンの分泌をうながし、若さを保つ秘訣ではないかと感じている。
これまで幸いに、女性合唱と児童合唱の指導をしてきたので、この音楽経験を土台に認知症に対抗する手段はないものかと考えてきた。少しずつ認知症について調べ、自分自身を実験材料として秘密裏に特訓を重ねた。しかし、元来気の弱い質なので、人生経験豊富な人たちの前で指導するには、未だ力不足と感じ踏み切れないでいる。
このように躊躇していた間にも社会の進歩は目覚ましく、既に認知症対策の新薬が実用化されてしまい、もう認知症を恐れることはない時代に入った。しかし、コツコツと努力を重ねながら認知症に立ち向かうのも、日本人気質に合っているので、音楽の果たす役割はまだまだあると信じている。頑張りましょう!

谷口雄資(音楽教育)

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