謹んで新春のお慶びを申しあげます
世の中が混沌するご時世、何はさておき、年の初めに鎌倉・江の島七福神を巡り、今年の福を頂こう!
七福神のルーツは仏教の「仁王(にんのう)般若経(はんにゃきょう)」というお経の中に“七つの災いを滅して七つの福が生まれる”これを四文字にして「七難即滅(しちなんそくめつ)、七(しち)福(ふく)即生(そくしょう)」と説かれている。この言葉から七を縁起のよい数字とした。仏教や道教、神道など個別に独立して信仰されていた神々であったが、室町時代に七福神にまとめられ、福の神として信仰されてきたのが現在の形の七福神だ。
鎌倉・江の島七福神巡りは昭和57年のお正月から始まる。弁天様が二尊入っている鎌倉と江の島にある8つの寺社を巡るのが特徴。江の島まで、一日で巡拝できるが、今回は浄智寺の布袋尊をお参りする。
北鎌倉駅西口から建長寺方面に7~8分歩く。横須賀線踏切手前右側に曲がる。道奥に山門が見え、森閑とした木々に囲まれるお寺が鎌倉五山第四位をほこる臨済宗浄智寺。柔らかい鎌倉石の石壇が風情を醸し出し、訪れる人に安らぎを与えてくれる。
浄智寺は鎌倉幕府第5代執権北条時頼の三男、北条宗政が1281年に亡くなると、宗政夫人は亡夫と幼少の子、師(もろ)時(とき)を開基にして創建。開山は兀菴普(ごったんふ)寧(ねい)、大休(だいきゅう)正念(しょうねん)、南州(なんしゅう)宏(こう)海(かい)の3人が名を連ねている。往時は塔頭11院を持つ七堂伽藍を備えていた。寺域は源氏山ハイキングコースにある天柱峰まで広がっている。山門は高麗門の造りで円覚寺開山・無学(むがく)祖元(そげん)の筆とされる『寳(ほう)所在(しょざい)近(きん)〈宝(幸せ)はあなたのすぐ近くにある〉』の扁額を掲げる。山門の前には蜜のように甘く、不老不死の功徳がある鎌倉十の井のひとつ「甘露の井」がある。拝観受付を済ませ境内に入るとすぐに鎌倉では珍しい禅宗様式の鐘楼門があり、石川(いしかわ)丈山(じょうざん)筆「山居幽(さんきょゆう)勝(しょう)」の扁額が飾られている。当寺は扁額の意味あい通りで奥深く静か、当に佳境の地だ。曇(どん)華(げ)殿(でん)と称する本堂にはご本尊の三世仏(阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来)を安置。過去・現世・未来に渡って人々の願いを聞き入れてくださる有難い仏様。
すぐ目の前でお参りできるように並んでいらっしゃる。参拝者を大事にしてくださる優しいお寺だ。本堂を後にして右回り、大木の白雲木、樹齢700年の高野槙、多羅葉を観賞しながら四方(しほう)竹(ちく)林(りん)を抜けると間もなく、境内奥の洞窟に弥勒菩薩の化身と言われる布袋様にお会いできる。七福神のうち、唯一実在の人物で中国、唐の時代「契(かい)此(し)」という名前で、常に袋を背負っていたことから「布袋(ほてい)」という俗称がつけられた。浄智寺の布袋尊はお腹を撫でると元気が出るという。笑顔で何処かを指さしているユニークな触れることが出来る石造りの尊像だ。指先は「寳(ほう)所在(しょざい)近(きん)」を指しているのだとお寺様に伺った。外気は寒いが浄智寺参拝で心は温か! 次の巡拝地、鶴岡八幡宮内の弁天様に福を授かりに行くとしよう。 ≪鎌倉歴史愛好家 田嶋早苗≫
| 七福神 | 寺社 | ご利益 | 特徴 | 出身 |
| 布袋尊 | 浄智寺 | 福徳円満 | 太鼓腹 | 中国 |
| 弁財天 | 鶴岡八幡宮 | 才能音局 | 琵琶 | インド |
| 毘沙門天 | 宝戒寺 | 財宝富貴 | 鎧兜 | インド |
| 寿老人 | 妙隆寺 | 延命長寿 | 巻物・鹿 | 中国 |
| 恵比寿 | 本覚寺 | 商売繁盛 | 釣り竿 | 日本 |
| 福禄寿 | 御霊神社 | 健康長寿 | 長頭・鶴 | 中国 |
| 大黒天 | 長谷寺 | 福徳開運 | 小槌・俵 | インド |
| 弁財天 | 江島神社 | 才能音局 | 琵琶 | インド |
