昨年、音楽についてのコラムを書いてみないかというお誘いを受け、本年2月から二か月おきに一話ずつ書き始め六話目を迎えた。一年間、これまで自分が歩んで来た道のりを楽しみながら振り返る機会を戴いたことに感謝の念でいっぱいである。またその間に多くの言葉と出会うこともできた。今回のテーマである「和顔愛語(わがん・あいご)」もその一つである。本来は仏教用語なので、和顔を(わげん)と読むのが正しいのかもしれないが、現代ではイメージを共有し易いように(わがん)というフリガナを用いて表現される場合が多いようである。その意味は、相手に対して敬意を払い、穏やかな顔つきで心のこもった優しい言葉で接するとある。そしてこの社会で人間関係を円滑にし、心の繋がりを深めていく為の重要な態度であると結んでいる。
「和顔」と聞いて思い出すのは、子どもの頃に見た祖父母の姿である。常に優しい眼差しと温かい言葉で見守ってくれた面影が浮かんでくる。このような優しい笑顔は、さまざまな体験を経て辿り着くものであろう。高齢者にとっては理想の言葉の一つである。これを目指しながら、残りの人生を楽しみながら生きて行くことが、今の自分の目標であるが、なかなか前途多難で、長い道のりに恐れを成しているのが現状である。
しかしこの四字熟語を考えてみると、素朴な疑問が浮かんでくる。ニワトリと卵の話ではないが、「愛語」の積み重ねによって和顔を手に入れることが出来るのか? それとも「和顔」を求めていると自然発生的に優しい語り口を手に入れることが出来るのか? 順序はどちらでも良いことであるが、「和顔」を求めて鏡の前で練習しても表面的には「美顔」になるかもしれないが。そんなに簡単なものではないような気がする。したがって糸口を探すために、音楽と関係性が高い「愛語」の方からアプローチしてみたい。
私は小学校に入学した頃、左手で鉛筆を持っていた。そして字を書いてみると、左右が入れ替わった不思議な文字になっていた。それを矯正するために書道教室に入門させられ、右手で筆を持ち書くようになった。そうすると自然な成り行きで、吃音者になってしまい、今でも悩まされている。それ故、温かく流暢な話し方をする人に憧れを持って生きてきた。自然と自分が話すことよりも、聴き手に回り他の人々の話を聞くことが多くなり、話し方に興味を持つようになった。
昔から「ものは言いよう!」といわれている。日常生活の中で相互の感情や意思を伝えるために言葉というものを使ってコミュニケーションを図っている。そして、これらの会話は使用する言葉と、それをどのように響かせるか?ということから成り立っていると考えられる。「愛語」に関して、音楽との結びつきを探るために、練馬区の職員研修所に講師として招かれた時の話から始めたい。その場では、「心に響く話し方―音楽から学ぶこと」というテーマで話をさせて戴いた。音楽表現で使う音質や音色の変化、休符での間の取り方、リズムやフレーズの中での微妙な速度や響きの変化など実演をまじえながら、話す人と聞く人の距離感や受け取り方の違いを、演奏者と聴衆との関係に置き換えて話したことを、20年前に準備した台本から知ることができる。
例えば、「ありがとうございます!」という感謝の言葉を相手に投げかける際に、「おかげさまで!」という気持ちが内面にあれば、おのずとその響かせ方や音質、さらに話す言葉のリズムや抑揚に変化が現れる。そして身体全体から感謝の気持ちが沸き上がってくるのではないだろうか。またそこには優しい笑みがこぼれているはずである。これは民族や使用する言語の違いによる差異はほとんど無く、万国共通のものであると感じている。
ヒトの耳はかなり精巧に出来ている。視覚と補完し合いながら相手の言葉の抑揚や身体から醸し出される微妙な変化から、多くの情報を受け取っている。そしてそれらを総合的に勘案し深い意味合いを読み取る力を備えている。しかしヒトは同じことが続くと飽きるという性向をもっていることも事実である。したがって話しをする際には、規則性の中に不規則なものを挿入することが必要になってくる。特に笑いは相手の心を解きほぐすのに、必要不可欠なものであるだろう。
最後に、大学時代の同僚の話を紹介したい。彼は東京の有名小学校の校長を勤め退官した、東北訛りの強い穏やかな風貌をした人であった。東北弁で彼から聞いた話を正確に書き写すことは難しいので、内容だけをまとめてお伝えしたい。「生徒の父母が、血相を変えて職員室に怒鳴りこんで来ると、先生方は直ぐに校長室に案内してくるんですよ! 困ったものです。 そしてまだ怒りの収まらない父母の口調が、話している間に徐々に穏やかになっていくんです。なぜだか分からないけど、とても不思議な体験でした。」と語っておられた。これは彼の訛りがもたらした効用ではないかと想像できる。
方言はその土地で長い間醸成され、生き続けてきた話し言葉である。そこには独特なリズムと多彩な響きの変化がある。また訛りを取り入れて話すと、自分の心が落ち着きゆったりとした話し方になる。この流れが話し相手にも伝播し相互に安心感が生まれるのではないかと考えられる。ぜひ会話に方言を混ぜながら話してみませんか、そして祖父母たちが持っていた「和顔愛語」を手に入れましょう。
谷口雄資(音楽教育)

