介護体験談                                   妻の認知症が切り開いた夫婦の新たな人生      

【金正さんとの出会い】
2021年5月の「若年性認知症本人と家族のつどい」に金正さんご夫妻が家族ぐるみで参加された時でした。奥様(当時66歳)がアルツハイマー型軽度認知症と診断されて1年9か月経過の頃です。妻の認知症を進ませたくないとのご主人、ご家族の強い思いでのご参加でした。当時、ご主人は東京まで通勤されていたが、コロナ禍で都合よくリモート勤務となり奥様を見守りながら仕事を続けられました。コロナ禍が空けても仕事量を減らしリモートで仕事、しかし、奥様の症状の変化があり、昨年退職されました。
奥様は、発症から6年以上経過の現在も「つどい」を楽しみに参加、いつもお洒落して、たくさんお話し、場を賑やかに楽しませているとつどい担当から聞き、ご家族から体験談をお聞きしたいと、この原稿をお願いしました。ご主人から長文が届き、3回のシリーズでお届けします。((公社)認知症の人と家族の会神奈川県支部編集担当石毛)

シリーズ1:認知症では?から鎌倉への転居、住民へのカミングアウトの始まり
1)2018夏:米国旅行途中加州次男の家に立ち寄った際、息子が変化を感じました。帰国後茅ヶ崎市O医院で診察を受け、3週間後の再診指示を受けていたにも拘わらず家内からの異常無しとの報告を鵜呑みにしてしまいました。
2)2019/08:鎌倉市内総合病院脳神経内科でアルツハイマー型認知症の診断結果でした。
3)2019/12:ロシュが開発、凝集したアミロイド斑に結合して除去する抗体薬の中外製薬による同病院での二重盲検第三相治験に参加、2022/3迄続きました。その間は、2週間に一回の病院通いで治験サポーターとの面談、その対応に感謝しています。今でも病院で会えば笑顔になります。
4)2021/4:家族の会に入会しました。しかし家族と本人が分かれる方式がなじみませんでした。認知症カフェでも親切にされすぎて一回きりでした。プライドが高いこと、認めたくないのだということを痛感させられました。一方別のこじんまりした茅ヶ崎での集まりに娘と参加、そこは本人も介護家族も同じテーブルで順番に話し合う場で、今も継続しています。なじみの中華料理店でランチ、郵便局でへそくりの確認、親しくして頂いていたご夫婦宅にお邪魔がセットになっています。
5)2021後半:スタッフから免許証返納を勧められ、高齢元官僚の交通事故報道も後押しになり廃車、夫婦で免許証返上しました。
このころ家族の会のスタッフから少し変ってきた、また息子から少しやさしくなったと言われました。子育て家事を、全て家内に任せてきた仕事人間のこの変化は家内のお陰です。
子供達とも相談の上長女一家が住むマンションに11月に引っ越しました。孫のお守り等で頻繁に訪れていたので既視感があったはずですが、30年以上住み慣れた家(戸建て、庭)と土地を離れることは相当なストレスだったようで、便秘と便秘薬による肛門の炎症で肛門外科のお世話になるなどたとえ結果オーライでも、かわいそうでした。引っ越し説得のもう一つの材料は、病院まで徒歩5分と近いことでした。今でも救急車呼ぶより早いよ、病院近いから何時死んでもいいよと言い合っています。
6)2022/03より実薬による試験開始も、12月に同薬開発中止になり、次の別の抗体薬による治験は話だけで開発が中止となりました。治療薬開発の難しさを実感しました。
この頃は外出、旅行、外食は家族が中心で、カミングアウトもまだ一部の方のみでそれほど積極的ではありませんでした。マンションの行事に積極的に参加するようになり理解ある親しい方々が増えたことと、家族の会でカミングアウトした方の講演が背中を押してくれました。今では隣のマンションまで広がっています。ここは優しい人たちが多いと言い、本人は嫌な思いをしないで、徐々に自分の物忘れを受け入れるようになって来ています。ご近所(助)力は点滴よりも効果ありです。
7)その後1年余り同病院での診察継続を経て、2024/03保険で2週間に1回の点滴によるlecanemab治療がスタート、継続中です。エーザイとバイオジェンが開発したアミロイドβ沈着抑制によるアルツハイマー型認知症治療薬で、日本では2023/9に承認されました。
昨年、孫達に囲まれて
引用元:「(公社)認知症の人と家族の会神奈川県支部 会報5月号掲載記事からそのまま転載」

鎌倉ロジュマン親和会 金正芳雄

 

                              

昨年、孫たちに囲まれて 

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